佐々木かをりのwin-win 素敵な人に会いました、聞きました

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Marina Mahathir
(マリナ・マハティール)
さん

ライター・マハティール元首相長女


女性誌で記者としての仕事を始めました

佐々木

面白いですねえ。いつまでもお父様とのエピソードをたくさん聞きたいのですが、マリナさんご自身のことも、是非たくさん伺いたいんです。

あなたは私のような者に対してもとてもオープンにお話ししてくださるわけですが、同時に、お会いした時から本当に気品と優雅さを感じています。 今日じっくりお話伺って、私はその理由を少しずつ理解してきました。

あなたのお立場の方でしたら、元首相の娘としてのんびり人生を楽しむこともできるでしょうが、あなたは仕事をし、また社会のために貢献し、行動されてきました。 そのきっかけとなったことは何ですか?

マハティール

意識的にしていたわけではないですし、深く考え抜いたわけでもないのですが、余りにもいい手本となる父と母がいた、ということだと思うんです。

佐々木

そうですよね、お母様のお話もお伺いしたい。

マハティール

ええ。母は、私にとっても、父にとっても、大切な人です。 私は英国の大学を卒業後、英国でも少し仕事をしていましたが、満足してなかったです。 そんなこともあってマレーシアに戻り、「Her World」という女性誌で記者としての仕事を始めました。

私がマレーシアに戻ってくると「ああ、首相の娘でしょう?」という目で見る人が出てきました。 ですから私は、名前で仕事をしているのではなく、きちんと仕事ができる、いい記事を書くこともできるということを人々に分かってもらえるように、 と本当に一生懸命働きましたし、どんな仕事でも喜んで引き受けました。

ですから、20代のころは仕事に熱中し、友達との時間を過ごし、社会活動にはそれほど携わっていませんでした。 その頃学んだことは、イベントの企画運営や資金の集め方。女性誌ではファッション関係の寄付金を集める盛大なディナーショーなどを開催していました。 マレーシア初のデザイナーズブランドのファッションショーを開催したこともあります。よいメンターにも恵まれました。編集者でした。 彼女の元で、イベントの企画運営、寄付金の集め方、チャリティーについてなど、2、3年の間に私は多くを学びました。

その後、PR会社に転職したんですが、そこでもたくさんのイベントを企画運営しました。全てがいい経験になりました。 それまで私は寄付金の集め方は知りませんでしたが、仕事を通して、あらゆるスキルを習得しました。 それでも、若かったこともあり、それほど熱心に社会活動に従事していたわけではありません。

佐々木

与えられた仕事に最善を尽くすのみ。

マハティール

そう。それに楽しんでいたんですね。その後、私はフランス人と結婚しました。28歳の時です。 それで私たちは日本に引っ越したのです。日本でも、これまでとは違う経験をしました。 家にいて、子どもを授かり、家事を切り盛りして。家事がとても大変な仕事だということを学びました。 家事は管理する仕事と似ていますよね。

佐々木

そのとおりですね。

マハティール

私にとってはとても大変な仕事でした。助けてくれる人もあまりいませんでしたし。ですから家計を管理して、とてもいい経験ができました。 専業主婦を選ぶ人を見下してはいけません。本当に大変な仕事だなんですから。 そして、国に帰ってから、1988年末だったと思いますが、再び私は働き始めました。

佐々木

クアラルンプールで?


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