佐々木かをりのwin-win 素敵な人に会いました、聞きました

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Marina Mahathir
(マリナ・マハティール)
さん

ライター・マハティール元首相長女


私はエイズを啓蒙するための大使になりました

マハティール

実は最初は簡単にできると思っていました。しかしエイズはこれまでのものとは別物だということを私は認識していませんでした。

企業を訪ねて、寄付金集めを始めたのですが、彼らは私をちょっと変な目で見て、こう言いました。 「何のために? ああいう人たちのためになぜ?」と。当時は偏見や無知がたくさんありました。

佐々木

アフリカの飢餓救済やファッション・エイドとは違った。それらは、多くの人にとってわかりやすい課題だったということですね。

マハティール

それらは、理解しやすいですからね。

佐々木

しかしHIVの問題となると。

マハティール

はい。HIVは特に違いました。人々はこの病について無知でしたし、偏見が多かったです。あまり理解されていませんでした。だから人々に伝えるために、私自身がこの病についてしっかり学ぶ必要がありました。

私はとにかくたくさんの人に会い、現場の人たちの話を聞きました。 この財団を始めた人たち、実際に働いているエイズ・カウンシルの人たちに話を聞きました。 財団は寄付金を集めるのが仕事ですが、実際に働いているのはカウンシルの人たちです。 カウンシルは地域の麻薬常習者、性産業で働いている人たち、出稼ぎ労働者、 ゲイの人たちといった社会で最も弱い集団の中に入って働いていました。

エイズについて深く学ぶうちに、私はエイズを啓蒙するための大使になりました。 皆でお金を集め、イベントを開催したりしましているうちに、1994年、 私はマレーシア・エイズ・カウンシルの会長に選ばれました。 そして、全部合わせて12年の間、2005年まで会長として在籍し、我々はアジアでエイズ会議を主催し、 国連に代表団として行ったり、たくさんの経験をしました。

おかげで私はマレーシアだけでなく、海外でもエイズに関する仕事で知られる存在になりました。 本当に私はこの時の活動にとても感謝しています。私は学びながら多くを経験し、 あらゆる場所を訪れ、多くの人たちに出会いました。あの時があったから、 今の私がいると言っても過言ではありません。


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