働く女性の声を発信するサイト『イー・ウーマン』
会議番号:3713 開催期間 2023年03月24日- 03月31日
皆さんが思いつく一番古いメディアとは何でしょう? わかりやすいのは江戸時代の瓦版(かわらばん)ですかね。今の新聞の原型とも言えるものですから、間違いなくメディアです。 もっと遡ってみましょう。 例えば、源氏物語は宮中の実際の出来事をきっかけに、フィクションとして膨らませたのではないかとも言われています。もちろん、ごく一部の特権階級しか読むことが出来なかったでしょうから、モデルになった出来事(=情報)は、なんとなく推測できるのではないでしょうか。もちろん小説としての圧倒的な面白さを、皆で共有したことは言うまでもありません。そういう意味ではメディアの一種と言えます。 実は高校の古典の先生が、「少しずつ書いては読ませるという漫画週刊誌の人気連載のような読まれ方をしていたからこそ、こんなに長い物語になったんじゃないか」という説(人気漫画の連載がとてつもなく長く続くことは当時からそうでした)を唱えていて、なるほどと納得したことを、今でも覚えています。(今から45年も前にもかかわらず、しっかりと記憶に刻まれています) もしそうだとしたら、今で言うゴシップ満載の週刊誌といったところですかね。 古くからある寓話や神話、伝説、伝承、言い伝え…。これらは皆「口伝え」によって様々な物語(=情報)が多くの人に広まっていき、そこに含まれているストーリー性や倫理観、教訓などを共有するわけですから、メディアの原型だったのではないでしょうか。 そこには一つの共通点があります。情報が伝わる際に、感情をより多く揺さぶられ、より大きく動かされたものが、人々の記憶に残り、そしてその形をとどめ、今も伝わっているのです。 現在はどうですか? 一番新しいメディアと言えば、インターネットということになりますが、そこではより多くの人の感情を刺激して、その内容が拡散されて人気を得ることを皆が狙い、共感を呼んだ印とも言える「いいね」を獲得することを皆が競っています。 メディアの現場の最前線で40年近く過ごしてきた感覚で言うと…「メディアは感情である」ということです。 メディアについて、情緒的で、どこか安っぽい物語を押しつけられているような違和感について投稿された方が、非常に多くみられました。憲法の「表現の自由」という高尚な概念によって支えられているメディアの活動が、なぜなんだ! そうじゃないだろう! このギャップはいったい何? そんなことを感じている方のなんと多いことか。 その矛盾の正体は、メディアという存在の宿命として、感情を刺激することによって生き残ってきた歴史であるということが挙げられます。 人間の記憶という要素が不可欠である限り、情報を伝えるというメディア的な行為は、どうしても感情の呪縛から逃れられないのです。 「公共性」や「公益性」というメディアの金科玉条すらも、記憶が作用する限り感情とは切っても切れない関係にあると言うことは前回指摘しました。 そういうことを受け入れた上で、メディアの今後、どうあれば良いのかを考えていきたいと思います。 実は被害者の実名報道に対して皆さんが一番気にしているのは、二次被害とでも言うべき様々な形で派生して嫌な思いをすることに対する理不尽だと思います。 「被害者の名前を報道することで私が一番嫌なのは、被害者遺族が好奇の目にさらされることです」(Jerrybさん)に代表されます。この一週間でこの視点からのご意見を、数多くいただきました。 「人の噂も七十五日で済まないデジタル社会です」(shoshoさん) 確かにネット時代の今は、以前とは違って、いったん世の中に名前が出て行ってしまうと、なかなかコントロールがききません。 テレビや新聞などの報道内容だけで、報道被害を生むケースがないとは言いませんが、圧倒的に多いのは、やはり二次被害とでもいうべき様々な状況です。 そういったことまで考えなくてはならないので、既存のオールドメディア(テレビやラジオ、新聞や雑誌などの古くからあるメディア)の側からすると、一つ一つの伝え方に簡単に正解が見いだせない難しい時代を迎えています。そういう意味では皆、戸惑いながら、手探りでどうすれば良いのかと日々試行錯誤を続けています。 「報道の自由を妨げない範囲で、報道を評価する立場の機関、評論家の役割と責任が大切になると思いますが、マスコミ自身が独善的になっていないかの自己評価、そして、事例の積み上げと議論と反省でしか前へは進まないと思います」(blueberry53さん) 今までと何が違うのかと言われそうですが、メディアの現況を考えると、非常に適切で、参考になるご意見だと思います。 おそらくこの問題に限らず、メディアをとりまく状況には特効薬のような解決策はないと思います。メディアが感情であるとすると、その場に応じた融通無碍な対応が必要になります。そのときに応じて変幻自在な考え方が必要なのです。なぜなら感情的だからです。 被害者の実名報道については、なかなか議論がかみ合わず、平行線をたどりがちです。 メディアの特性や特質、特にテレビや新聞といったオールドメディアと新しいネットとの関係、そのあり方や今後について、少しでも議論が広がり、その上で少しでも議論が深まることが必要だということだけは断言できます。 この「働く人の円卓会議」で展開した主な論点は、noteというプラットフォームに掲載した文章「メディア感情論」が基になっています。 この一週間の内容で、かなりの部分はカバーできたと思いますが、さらに議論を深めたいという方がいらっしゃいましたら、ぜひお読みいただければと思います。 皆さんの様々なご意見に接することができて、非常に刺激的でした。 厳しい意見に接して、予定していた内容を大幅に書き直すこともありました。 メディアについて、改めて様々なことを考えさせられました。 ありがとうございました。 この場を借りて、厚く御礼申し上げます。 またどこかでお会いする機会がありましたら、ぜひよろしくお願いいたします。★織田議長の過去の円卓会議より・藤井聡太さん、活躍。将棋への関心は高まりましたか?
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