働く女性の声を発信するサイト『イー・ウーマン』
会議番号:3713 開催期間 2023年03月24日- 03月31日
皆さんが、これまでの人生で記憶に残っている出来事って、どんなことですか? 突然そんなこと言われても… ですよね。 でも少し思い出してみてください。 なんとなく記憶に残っていることって、そのときに大きく感情を揺さぶられたということが、多いはずです。記憶と感情の関係は、今でも注目度の高い分野で、様々な切り口の論文が次々と生み出されています。そのあたりは専門家の方にお任せいたしますが、(もし記憶と感情の関係について上手く説明できるという専門家の方がいらっしゃいましたら、ぜひ投稿をお願いいたします)心が強く動かされる出来事ほど、記憶に残りやすいということが言えます。 unagiさんの投稿を紹介します。 「自身を振り返ると、例えば今日の新聞で6年前の那須雪崩事故で亡くなった高校生が実名で紹介されており、その人柄や家族の言葉に思わず涙しました。このような内容がなく淡々と事実のみだったら、私の場合はここまで感情を刺激されなかったかもしれません。そうすると、記憶に残りにくかったであろうことは否めません」 一方で、感情に訴えるような報道の仕方に対して、厳しい意見も多く寄せられています。 「私は交通事故で親を亡くしています。もしニュースで交通事故を情緒的で感情を刺激するような伝え方をされたら、心底腹がたつと思います」(nekosaurusさん) 「事故で家族を亡くした経験からすると、『そうっとして欲しい』というのが希望」 (シンゴパパさん) 「今回のお題『情緒的で感情を刺激されるようなニュースの伝え方』にも以前から疑問を感じていました。なぜなら、感情は、報道によって意図的に揺さぶられるものではなく、ニュースを観て考えた結果、自然を湧き上がってくるものと考えるからです」(おがわさん) 初日、2日目と言及している「公共性」や「公益性」という考え方に戻ります。 その概念をわかりやすく言うと、メディアは様々な情報を伝えることによって、社会全体に広く重要な出来事を記憶させ(=公共性)ます。 そこから導き出される様々な教訓をみんなで広く共有して、社会に定着させ、安全で安心できる豊かな暮らしを実現するために役立てる(=公益性)ことに置き換えることが出来そうです。 社会といっても、一人一人の人間の集まりです。社会を構成している一人一人の記憶が強くなるように感情に訴えるほうが、「公共性」も「公益性」もより強固になるのではないか。 そんな仮説をunagiさんの投稿は裏付けているといえます。 一方で、情緒的な報道に対して厳しい見方をしている方と同様、もしあなたやあなたの家族が被害にあったとしたら、冷静でいられるのかと問われたら、上手く答えられないだろうなというのが本音です。 淡々とした報道ばかりになった世の中を想像することがあります。 事実関係だけでその出来事の本質を見抜き、それを様々な教訓とする人も、もちろんいるとは思います。しかしきっと多いとは言えないはずです。 例えば殺人などの犯罪を例に取ると、悲惨さや無慈悲な残酷さを持ち合わせたその事件を憎む気持ちは、被害にあった大切な人格が、突然失われたという痛みを伝えられることによって、社会全体でより大きく、より広く共有することになります。そこには感情を刺激するような要素が、大きな役割を果たします。 そういった犯罪を憎む気持ちが、社会全体で今よりもほんのわずかでも下がったとしたら、それは犯罪を犯すハードルが下がることにつながらないのだろうか。 大規模な災害が起きたとしても、どこか遠い世界の出来事のような感覚にとらわれて、再発防止という気持ちが薄れ、きちんと検証することの熱意が少しでも失われたとしたら。天災に人災が重なり、さらに大きな災害へとつながる恐れはないのか。被害を最小限にとどめる努力が尽くされるのだろうか。 言い方を変えると、起きてしまった出来事を社会全体がよりリアリティをもって受け止めるようにと、メディアは必死になって役割を果たそうとしています。 このリアリティが少しでも失われたとしたら、安全で安心できる豊かな暮らしが今よりも少しでも失われることになるのではないかと、いつも危惧しています。 情報化されたこの社会において、情報を扱うことを生業とするメディアは、少しでも貢献しようともがいている、これが等身大の姿です。 実は金科玉条とも言える「公共性」「公益性」という考え方には、大切な前提条件があります。 それはメディアという情報の送り手と、視聴者や読者という受け手との間で信頼関係が成り立っている必要があるということです。 そうでなければ、メディアがどれだけ力説しても、伝えられた出来事から教訓を得ようなどとは誰も思いません。誰のための「公共性」や「公益性」なのか分からなくなってしまいます。 そこで、皆さんのお知恵を借りたいと思っていることが、一つあります。被害にあった人やその家族を、社会全体で支え、そしてその気持ちを共有しながら、出来事のリアリティを担保しながら広く伝えていくためには、どのような方法があるでしょうか?「被害者の実名報道。必要ですか?」へのYES、NOとあわせて、ご意見をお寄せください。被害者本人や家族の思いを尊重しながら、被害者について実名で伝える。そのように、両立できる方法もあるかもしれません。 以前わたしは、被害者に寄り添うNGOのような存在(非政府組織ということが必須条件です)が、メディアとの間に立つ仕組みはどうだろうと考えたことがあります。 しかし立場の違う両者の間に入って、様々な局面で板挟みになることを想像しただけで、その役目の難しさに足がすくむ思いです。 ぜひ皆さんも一緒になって考えてください。★織田議長の過去の円卓会議より・藤井聡太さん、活躍。将棋への関心は高まりましたか? <運営事務局より>投稿は、お一人お一人の視点や体験を言葉にしていただく、大変貴重なシェアリングです。・自分を主語としたI statement で書いてください。掲載する投稿には編集にて「私は」を入れさせていただく場合もありますのでご了承ください。・引用がある場合は、必ず引用元を明記してください。・議長からの各日の投げかけ(赤字部分)に答えた内容で投稿してください。
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