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会議番号:3364 開催期間 2015年10月09日- 10月16日
本日も具体的な投稿をいただきました。教育虐待を児童虐待とあえて区別して述べさせていただいた理由は、「教育」行為が、ハラスメント(他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えること;大阪医科大学セクシャルハラスメント等防止委員会より引用)を生じやすいためです。2者間に力関係、すなわち強い立場にある人と弱い立場にある人、が存在する場合は、不当な行為を「教育」という名目で正当化されることになりかねません。児童虐待はこの概念を養育者と子ども間に用いたものであり、本質的なことは類似しているのです。 皆さんからいただいたご意見、文面からだけの判断ではありますが、「兄弟で明らかに差をつける」「人前で罵倒する」「みんなの前で無視する」などはハラスメント行為と言えるでしょう。 一方“ダンス・ダンス・ダンス”さんが「大学の現場では準備不足」と指摘しているとおり、権力を持っている側の認識の低さも問題です。“unagi”さんのご意見と類似のことを拙著『教育虐待・教育ネグレクト』でも書きましたが、一生懸命研究することと精神的に悩み苦しむことは別々に考えるべきです。大学教授クラスの人においても、いわゆる「精神論」で「うつになるほど一生懸命でなければいい研究はできない」などと語る人が少なくないように思います。自分は一生懸命やっているからハラスメントとは全く関係ないという根拠のない自信?が、アカデミックハラスメントの温床となりうるのではいでしょうか。 「教育虐待・教育ネグレクト」は弱い立場の視点が必要になりますが、本会議に参加される人の多くは、親・管理者・上司・教師など「指導」「教育」する立場の人だと考えています。私からのメッセージとして「自分の限界を知り、連携をとること」をお伝えさせていただきます。 自分の限界を知ることは他人の限界を理解することにもなります。真面目で一生懸命で責任感が強いと、逆に不安も大きくなり、他人にも大きな要求をしがちになります。まさか、自分の行為が、虐待・ネグレクトに該当するとは思えないでしょう。しかしながら、自分の限界を超えて頑張ることは、他人、特に弱い立場の人たちに受動的・否定的な体験を誘発し、主体性を侵害しやすくなります。すなわち、虐待・ネグレクトが生じやすい関係を作りかねないということです。時には立ち止まって、何もせず観察してみてはいかがでしょうか。 連携をとるということは、出来ないことを放置するのではなく、勇気を出して話をしてみることです。それぞれの立場や専門性を尊重した上で、話を聴いてもらうと、新たな視点や解決法が見出されると思います。 この会議に参加されている皆様には、失礼なことを申し上げているのかもしれませんが、このメッセージがより多くの人に伝わって、弱い立場の人の権利が保護されればと考えています。1週間おつきあいいただきありがとうございました。★古荘議長の過去の円卓会議より・残酷な映像で、精神が不安定になったことありますか?・自信をなくしている子どもを元気づける方法、ありますか?・少子化が及ぼす子どもへの影響、考えたことありますか?★古荘議長の新刊『教育虐待・教育ネグレクト 日本の教育システムと親が抱える問題』
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