働く女性の声を発信するサイト『イー・ウーマン』
会議番号:3629 開催期間 2021年02月19日- 02月26日
みなさま、投稿をありがとうございました。2kishir0さんの「貴賎も、上下もなく、皆、平等にお互いをリスペクト」は本当に大切な精神ですね。トランスジェンダーの方の参加については、ニライカナイさんが「本人の選んだ性での参加を認める仕組みづくりを」、unagiさんは男女別とは異なる参加の仕方やルールをと提案されています。 さて、日本の多くのスポーツは体育会システムに支えられていると言っても過言ではありません。この体育会というのは最初の提言でもお伝えしましたが、もともとは軍隊の訓練から導入されたものでもあります。上意下達、年功序列、男尊女卑などがその特徴として挙げられます。 体育会は外から見ると旧態依然とした組織に見えますが、この中で育ってきた人たちにとっては居心地が良い素晴らしい場所でもあるようです。一年生の時には奴隷のようにこき使われても、二年三年と徐々に権限が増え、四年生になる時には下級生を顎で使える王様のような存在になります。卒業してもその関係性は変わりません。中に入ってしまうと、先輩に就職の面倒を見てもらったり、食事に誘ってもらったり結婚相手を紹介してもらったりと、上下関係のおかげで面倒を見てもらうという利点もあるようです。そこに属していることがその人の存在意義になってくるのです。 しかし、人間の関係において、上下をつけるというのは本来理不尽極まりないものであるのも事実です。人はみな平等と言いながら、生まれた年が遅いだけでひれ伏して生活をするというのは妙な話です。事実、こうした部活動がいじめの温床になっていることも確かです。ヒューマンライツウォッチが日本のスポーツ界のハラスメントの多さをリポートして話題になりました。自分の意に染まないものを攻撃したり、異質なものを排除しようとすることは、一人一人の多様性を認めない、すなわちダイバーシティーを認めないということにつながります。性別のことだけではなく、人間は一人一人が違って当たり前という前提条件をもっとスポーツ界は大切にすべきでしょう。 日本の体育会という特徴をスポーツから切り離すべきだと考える人たちも少なからず出てきています。静岡産業大学は2021年の4月から「スポーツ科学部」を新設します。そのPRに電車の吊り広告を使って「体育会から脱しませんか?」という問いかけをしました。 本来スポーツは人間の生活や社会をより豊かにするためにあるべきなのですが、この体育会システムが足を引っ張っているという考え方です。 中学高校のスポーツ指導者はほとんどが学校の教員です。教員と生徒の間には歴然とした上下関係があります。本来のコーチという意味は乗客を目的地に連れていく馬車の意味です。目的地としてどこに行きたいのかを選手に聞いて、そのためにどうすればよいかを互いに話し合いながらトレーニングを進めていくのがコーチの本来の役割です。日本ではそれができているでしょうか。最初の入り口から違っていると言ってもいいでしょう。 縦割りの上下関係ではなく、スポーツをする人がお互いを尊敬しあって時間を共有できる環境が整った時、そこにはおのずとダイバーシティー&インクルージョンが見られると期待しています。2020東京オリ・パラの3つの柱の一つがこのダイバーシティー&インクルージョンです。この柱を揺るがすような発言が組織委員会元会長から出てしまって大騒ぎになった今回の事件ですが、「すべての人がスポーツをする権利を持っている」ことを念頭に置いて考えられる必要があるのです。 スポーツは勝つことを目的とすることもあるけれど、それ自体を楽しむことが最も大切なことだと考えれば、LGBTQに対してどのようにしていくべきかも、おのずと答えは出てくるはずです。 みなさんは日本のスポーツ界のダイバーシティ&インクルージョンを進めるためには、どのような解決策があると考えますか? 最終日に向けて、自由に、ご意見・提案をお寄せください。★あわせてご覧ください!宮嶋議長が登壇された「第25回国際女性ビジネス会議」オリンピックメダリスト有森裕子さん、太田雄貴さんとのトークショー ★関連テーマの<働く人の円卓会議>・スポーツは社会の縮図だと思いますか?・スポーツとダイバーシティ。関係あると思いますか?・ダイバーシティの測定、良い方法ありますか?
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